The team MAD special episode
「待てっ!」
後ろから追ってくるポケモン───から折角奪ったリンゴが一つ彼女の手から転げ落ちた。
「──ちぃっ」
苦々しく舌打ちしたがどうしようもない。
足音が近くなる。振り向く余裕はない。思いきり地を蹴り、歯を食い縛り、駆けた。
(……何か、隠れる場所は)
彼女──ニューラの視界の端にうっそうと繁った森が映った。即座に方向を変え、その方向へ走る。
「───っ!」
だが───……
「行き止まり?!」
EPISODE1 unknown 未知
慌てて後ろを振り返る。だが、彼女の不安は追ってから別の物に移っていた。
「……ドジ踏んじまったか……!」
後ろには追っ手の姿形は無く、あるのは不自然すぎる作りの通路。引っかいても燃やしても決して壊れる事のない゛自然の゛草木が絡み合って一本の獣道を作り出している。
先程までの光景は無い。迷い込んでしまったのだ。
彼女の『ホコリ高き盗賊 24条目』にこう書き記されている。
゛決して魔界の中にで過ごすべからず。それは一時の安堵にしかすぎぬ。゛
(じきに心侵されホコリを失い、魔の一部と化すだろう……か。今なら報酬目当ての奴らの追い回し付きだしな……)
これは先代の記したと言われる、誇り高きニューラ族として生きて行く術を書き記したもので、これを破る事はすなわち盗賊としての死や社会的な死、個人としての死にも直結すると考えられている。
もちろん、このリンゴもただふんだくっただけじゃない。相手はボンボンでいっつも゛ワタシたち゛に何かと因縁つけてきて、汚いものを見る目で部下に気晴らしに殴らせている、非情ゲスブタ野郎から堂々と盗ったものだ。
(……と、誰に説明してるんだワタシは……!)
我に返り落ち着いて周りを見渡す。道は……正面のみ。
両手は使えない。速度は確か面倒な事にこの゛不思議なダンジョン゛の中ではあまり活きないらしい事を『ホコリ高き盗賊 54条』にそれらしき事が書いてあったはず。
頼れるのは、己の運のみ。
「間に合えっ!」
彼女は通路を駆け抜けて行った。
「───……」
ニューラはすっかり少なくなった腕の中の道具を眉(ないが)を潜めて眺めた。
ここのポケモンはそれほど強くなかったとは言え、腐っても不思議のダンジョンだ。持っていた道具を使用せざるを得ない状況に度々追い込まれた。
(……頭が、くらくらする)
──もう時間がない。
駆けるが、このフロアの階段はまだ見つからない。
角を曲がった所から飛び出してきたスピアーを切り裂いた瞬間、ぐらりと視界が歪み、ニューラは倒れそうになった所を床に手をついて堪えた。
(──この、ホコリを)
(汚してなるものかッ!!)
ガンッツ!!!
ニューラは思いきり床を殴った。腕から這い上がって来た痛覚が、彼女の思考を明瞭にさせる。
(チッ……追われてる身だと依頼も出せやしない……探険隊はバッジの力でダンジョンの『侵食』を受けないそうだが、こんなときの為に一つくらい盗っておくんだった……)
グダグダ考えている暇はなかった──すぐに立ち上がり、次の部屋でやっと階段を見つけ、登る。
「まだか──」
前と殆ど変わらぬ景色──このダンジョンは何階なのだろうか。
(……やば……時間、切れ)
光……
天国……
違う……
記憶……
……の最後の日……
また光……
だが、今度は眩しい。現実の光だ。
ただ、身体がくたびれ果ててて動きそうにない。
もう一度、目を閉じたらすぐに眠りに入れた――
さらにもう一度光……
流石にしつこいのでは無いか。
そんな謎の反抗心が芽生えるぐらい、どうやら体調は回復したようだ。
「さて……ここが地獄じゃないとしたら、ここは?」
そんな事を呟いて飛び起きる。
(なるほど救護所ね。全くナットク出来ないけど、今が逃げる絶好の時!)
周りを見渡し、゛自分の゛手荷物を探す。
近くの机にたったひとつのリンゴ。自分が必死に持っていた時についたであろう爪痕もある。
(あれだけ苦労してこれだけか……)
手早く持つと、素早く駆け出す。
もちろん窓に。
──……。
「気が早すぎないかい」
足元に伸びてきた何かがニューラを引っかけた。
ズテッとすっころび、ニューラはゴンッと床に額を打つ。
「……」
「やぁ、お早う。二日ぶりのお目覚めにしちゃあ元気だね☆」
ニューラの尖った視線をものともせず、そのポケモン──ニャルマーはウィンクをかました。
先程、彼女を転ばせたのはニャルマーの尾らしかった。
黒縁の『ザマスメガネ』(端からは鎖が伸びている)の向こうでニューラは目を細めた。
(二日……も)
「ま、ダンジョンで倒れてた所を見つけてからの話だけど」
ニューラはニャルマーの様子を伺う。ニャルマーはにこりと笑い見つめ返した。
自分がちょっとしたお尋ねものだとは知らないらしい──と思いニューラは少し警戒を緩めた。
「そうだ。自己紹介がまだだったね。ワタクシはさすらいニャルマー。ザキと呼んでくれたまえ」
握手を求めニャルマーは前足を出したが、ニューラは無視する。
「まぁ偽名なんだけどね。ところで目覚めた事だし何か腹に入れるものを持ってくるよ」
助けてくれたのには感謝するがもう行く───と、ニューラは答えようとして、固まった。
(──今、何て)
「うん? ああ。ワタクシも、お尋ねものだったりするんだなぁ。ランクは君より5つ程上になるんだけどね」
そうさらりと言いのけると、ニャルマーは前足で眼鏡をクイッと上げた。
指名手配されるポケモンたちは、それぞれ個人の強さとやったことの残虐性、危険性などで決められ、さらにダンジョンに潜む場合はそれにそのダンジョンの難関度によってお尋ね者依頼ランクが決まる。
その、ダンジョンの難易度補整を除いたのがお尋ね者ランクとなる訳だが、自分はおよそD。その5つ上ということは星がもれなく付いてくるということだ。
「紳士猫強盗(ローバリー・ジェントルキャッツ)!」
「紳士猫怪盗(ファントムシーフ・ジェントルキャッツ)」
誰もその素顔を見たことが無いと言われる、今世紀最高の『強盗』(本人は必ず怪盗と言い張るが)。
世界中の貴重な物を盗み出し、追いかけ回されても動じる事なく華麗に去る。誰がそう呼んだか知らないが、いつの間にかついた゛アザ名゛だ。
律儀に予告や置き手紙までする事でも有名だったが……そんな裏世界最高峰の一匹がニューラの目の前でリンゴをなめ回すように見てる。
(……リンゴ!?)
ニューラは手元を見てみる。……やはり無い。
いつ盗られたか、まったく解らなかった。
そもそもあの前足どうやって盗るのだ。
「このリンゴ、ダンジョン内で行き倒れてたアナタが必死に持ってたものだけど、ただのリンゴ」
「返せっ!」
「おっと」とわざとらしく奪い取られると、また眼鏡をクイッと上げた。
(一体どうやった……!?いや、それよりも今は急がないと……!)
そんな心を見透かしたようにニャルマーが窓への道を開ける。
「ここはワタクシの屋敷。出るも入るも自由」
「そうかい、じゃあもう行かせてもらうよ!」
思い切って窓から飛び出す。一階なので衝撃の心配はいらな……
「……ただ、庭を通れたらの話だけどね」
バキッという木が折れる音とともに地面が陥没していく。……いや、これは薄っぺらい地面の下に穴が……
「お気に入りのブービートラップにかかってくれてありがとう☆」
お前がここで落ちるように仕組んだんだろうがと文句を言う暇も無く、深く落ちていく……
「さ、セバスチャン出かける準備だ。もちろん、゛ダンジョン゛仕様のな」
「───痛……」
どうやらまたしても少し気絶していたらしい。
地下らしく水の垂れる音がし、暗く湿っぽかった。
(……リンゴは、ある)
くるる、と腹が鳴ったが、これだけは食べる訳にはいかない。
ニューラは上を見上げる。落ちてきた穴が大分上の方にあった。
壁を登ろうにも、取っ掛かりがなくすべすべしていてどうしようもない。
(あんのザマス眼鏡……ッ)
同じお尋ねものを捕らえて何がしたいんだか分からない。
──と。
上の穴からニャルマー、ザキの顔がぴょこんと覗いた。
「アンタッ……ここから出しなッ!!」
「無理」
キッパリ言われてさらに怒りのボルテージが上がるニューラ。
「そこは異次元への入り口。行きは簡単帰りは地獄」
「ふざけるなっ!」
左腕を水平に振ってキレる。
「じゃあ何だここは「不思議なダンジョンだよ」……かぶせるな!」
ニャルマーはいちいちイラつかせる天才のようで、ニューラは一周して落ち着いて来た。
「……で、なんで上が通じて見えるんだ」
「まあ、入り口だから境目だしね。もうちょっと進めば見えなくなるよ」
「まったくめちゃくちゃだなアンタは……」
「まあ先で待ってるから。そこ程度なら死なないはず」
そういう問題かと返したい所だが、どう考えても無益なのでさっさと進む事にした。
穴の位置から少しでると、壁だらけの道。
そして来た道は消えていた……